新年明けましておめでとうございます🎍今年もスタッフ一丸となって、診療に取り組んで参ります。
と言う事で、令和2年が始まりました。が、今年は西暦でいうと、2020年です。
なんとなく、数字の「2」が多いなと感じた私も、暦が還って現在2年目です。
一石二鳥や唯一無二など、「2」は、諺のなかでも大活躍中です✨
ところで、私の高校の同級生が、東南アジアで10年近くボランティア活動をしている話を聞き、昨年末に博多で会いました。彼の話に涙をするほど感動しまして、今月、中間スマイルの乗富院長と歯ブラシを抱えて行ってきます。

そんな訳で、去年上京中に新幹線から撮った、不二山をバックにしてみました。
院長
子供の頃、家紋について教えてもらったことがあります。それは、私の記憶からなくなってしまいそうな、儚い存在です。
今回、我が家の家紋を調べることになり、はっきりとしてきたんですが、大変恥ずかしい勘違いをしてました。
我が家の家紋が桐の紋というのは、確実に記憶にあったんですが、『五七』だったのか、『五三』だったのか、朧気です。そして、とうとう、次の記事に行きつき、正確なことが判りました。

改めて、人に話さなくて良かったと思いました。穴があったら入りたい気分です。
そして、年号も令和になり、天皇家の末裔として、平和な世の中が続いていって欲しいと、ささやかに思った次第です。
院長
先日、娘が連れてきた「なつめ」ちゃんです。
目に入れても痛くないとか言われますが✨まだいれてません☺️

出会ったその日、彼女の写真をポケットに忍ばせ、「花の慶次」に会わせたら、お祝いに十万円👌、頂きました。虎柄の屏風や虎柄の保留に、わたしの口許は緩みぱなしです。
「なつめ」ちゃんとの幸運を使い果たさないように、早々に球技場を後にしました🎵
自宅に帰って、婿に、「なつめ」ちゃんのわたしに対する呼び名を聞かれ、迷わず「やまちゃん🌞」と、答えれる、ほのぼのとした瞬間でした。

今日もまた、なっちゃんとの出逢いに感謝してます。
やまさん。
今年の春先から、どうも左目の視力がおちたみたいで、ちょっと気になっていました。
毎年9月に健康診断があるので、8月末に、眼鏡を新調。その時の検査では、右目は去年と変わらずに、1.2。左目は、なんと、1.2から0.6に下がってます。
でも、新調した眼鏡で、自信満々で検査を受けた結果、両方の目とも、1.2に達しません。ちょっと焦ってしまい、眼科受診となりました。
眼科での、復数回の正確な視力検査の結果、新しい眼鏡で1.2は見えているとのことで、ひと安心。
ところが、診察室で女医さんが、私の右目にライトを当てながら、なんと「あっ」の一言。左目も診察して頂き、淡々と
「白内障ですね。」
私の口から、「それって、爺さんのかかるやつですか?」
「・・・・・・・」
「先生が気付かれたのは、右目だったみたいですが、悪くなったのは左目です。」
「心配しないでいいですよ、右目もそのうちそうなります。」
「心配しないでいいですよ、右目も・・・・・・・」
「心配しない・・・、・、・、」

水晶体の中に、小さなオレンジ色の部分がみられ、そこが、段々と白く硬くなっていくそうです。当然視力は不安定になり、やがて見えなくるそうですが、最近は手術が発達していて、大概の場合、視力回復が見込めるそうです。
「心配しないでいいですよ、皆さん白内障になりますから」
院長

先日、中間の院長達と由布岳を登って来ました。
私は、日々の運動不足がたたり、皆さんの最後尾です。

それでも、なんとか最後は急峻な岩壁を、3点保持をしながら、🔗をつたって西側の登頂に成功です。

山頂からの景色は、登りの辛さを一瞬にして忘れさせ、東側の頂上を見ながら、昼食を頂きました。

みんなで登山をすることなど、滅多にないので、貴重な体験をすることができました。中間スマイルのスタッフの皆さん、ありがとうございました。

皆さん、この暑い中お元気ですか?
私の最近の出来事です。
それは、3年以上も前のことですが、ジンマ真さんが、私のところにやって来て、数ヶ月滞在して出ていきました。仕事が忙しくなったためなのか、生活が不規則になったためか、理由は、はっきりしません。そして、2、3ヶ月後、静かに去って行きました。
今回も。ジンマ真さんは、急に1ヶ月前に現れました。仕事量は減らしてきたし、規則正しい生活をしてるのに。
太陽光線が好きなのか、お酒が好きなのか、理由はハッキリしてませんが、かれこれ、1ヶ月の滞在です。
だいぶ慣れはしてきましたが、赤くなったり、大きくなって腫れたり、数も増えるし、そろそろ出ていって欲しいな、と思う今日この頃です。

今年の恒例の誕生日🚴♂️旅行は、宇佐神宮です。
7月6日、10号線を下る旅が始まります❗紫川を過ぎ、城野駅前では不発弾のようなものが、なんと『七つ』見つかり、通行禁止になり始めてました。

この警戒網を、私は何気に通り抜けるのでした🎵
今年目指すは、宇佐神宮です。輪行をおりまぜ、真夏のような暑さのなか、やって参りました。

🎋七夕や 逢瀬見守る 鳥居かな としさ

遅い昼食は、恒例のだご汁定食です。付きだしの6品がどれも美味で、椎茸の佃煮を買ってしまいました。

小さい字でスミマセン。宇佐駅の看板の後ろに、緑の山が見えるのですが、実は右側に白字で『USA』と書いてます。
そして、今日の泊まりは、中津です。何年かまえに、駅前のスーパーホテルに泊まったんですが、エレベーターに乗って、驚きました‼️ 福沢諭吉さんが、4階か5階の高さのところにいらっしゃったのです。『人は、人の上に人を作らず、人の下に人を作らず』と、昔は、壱万円札は、おっしゃってました。私達が習った歴史と、その日の彼の立ち位置に当時は驚かされました。が、なんと、お札の肖像画が代わってしまうからなんでしょうか?

壱万円札は、屋上まで上り詰めていらっしゃいます。不思議な中津の夜でした。

翌朝、7月7日、午前7時7分。ホテルを出発です。曇り空の中、3時間かけて苅田まで、35キロを駆け抜けました。毎月お世話になっている針の先生に、全身の気を通りやすくして頂き、疲れをとってもらいました。ありがとー👌ございます。
さあ、あとは28キロ。12時と、いうことで、まずは腹ごしらえ。下到津の【すき家】を目指します✨1時過ぎに到着です。さぁ今から、牛鰻丼を食べようと🚴♀️を降りた、その瞬間、わたしは、目を疑ってしまいました‼️
なんと荷台にあるはずの、ナイキのスポーツバックが、影も形もなく、どこかで落としてしまってたのです。
北方警察署で、若い巡査に、「他に貴重品はありましたか?」と、問われ、落ち着きを取り戻した私は、こう言いました。『貴重品はありませんが、かけがえのない想い出が、なくなりました。』
翌日、紫川のインター付近で、親切な方に拾って頂き、旅の想い出が帰ってきました。 私のひと夏の体験です✨
歳をとると一年が経つのが早いね、などと毎年感じたんですが、実は、その明確な理由が、私なりに分かりました。
それは、【トキメキ】だったんですね。
と、言うわけで、私、ゴールデンウィークの5月3日から、今日(6月6日)まで、毎日かかさず、野菜のお世話にスマイルに行ってます✨
去年の土を日光消毒し、ボラ土と篩分け、有機肥料と撹拌し、いわゆる、土作をして。70個の大型プランターに苗を植え。水やりの毎日です。雑草をとるのも気持ちが良いものです。

5月も終わろうかとしていて、ある朝、なんと、蟷螂が孵化していました。私の【トキメキ】タイムです。畑の正義の味方が、いま沢山、誕生しています。この一年、害虫の退治を、お願いしました。

そしてまた、まだ新聞も配達されてない時に、素晴らしい朝焼けです。この瞬間も、私の【トキメキ】度はアップします。
自然に生かされ、自然に生きていくことが、幸せなことかもしれませんね。
なかなか、言い慣れない新元号ですが、一月もすると、当たり前のように使っているんでしょうね。

ところで、玉葱には血液をサラサラにする効果があると、広く知られています。
そこで今年は、新玉葱に挑戦してみました。去年の秋に植えてみたのですが、たくさん収穫出来ました。
スタッフや患者さんにも、配れて、喜んで頂いています。
ゴールデンウィークの3日間は、毎朝5時に起きて、プランターの土作りに精をだしましたが、皆さんに喜んでもらえるのが、一番の原動力です。

私の家庭菜園は、令和も元気にスタートしました。


と、言うわけで、毎年高齢の?大濠公園のボートハウスからの、舞鶴公園の花見だそうです。 何10年ぶりに、出逢っても、そこにはいつもあるんですね、『ぼくらの青春』が。 失敗だらけの学生時代だったんだけど、いまでは、いい想いでばかりです。 また、来年会おうねって、満開の桜と約束して、僕らは、『たんか』に向かったのでした